『ノルウェイの森』の喪失感が忘れられない人に贈る、青春の終わりを描く5冊
村上春樹『ノルウェイの森』の、あの喪失感を抱えたままページを閉じた読者へ。吉本ばなな『キッチン』、江國香織『きらきらひかる』、宮本輝『蛍川・泥の河』、小川洋子『博士の愛した数式』、山田詠美『ぼくは勉強ができない』。青春の終わりと、その後の静かな日々を描く5作品をYomui編集部が紹介します。
※ 当サイトのリンクは一部アフィリエイト(Amazon.co.jp アソシエイト等)を含みます。ご購入に際して追加の費用が発生する ことはありません。紹介する書籍は Yomui 編集部が独自に選定しています。
村上春樹『ノルウェイの森』を読み終えた夜、部屋の明かりを落としても、まだ胸のどこかに湿った布のようなものが残っていた、あの感覚を覚えているだろうか。直子の、緑の、キズキの、永沢さんの。一九六九年の秋、二十歳になろうとしていたワタナベの周りから、人がひとり、またひとり、静かに抜けていく。物語の終わりで、彼は「僕は今どこにいるのだ?」と問う。その問いの居心地の悪さこそが、この小説を特別なものにしている。この記事では、あの喪失感をもう一度、違う角度から味わいたい読者のために、青春の終わりを描く日本文学5作品を紹介する。派手な事件は起こらない。ただ、誰かが去り、季節が変わり、主人公が少しだけ大人になる。それだけの物語たちだ。
書籍データが見つかりませんでした (ISBN: 9784062748681)。
1. 『キッチン』吉本ばなな — 喪失のあとで、台所だけが呼吸していた
書籍データが見つかりませんでした (ISBN: 9784041800089)。
祖母を亡くし、天涯孤独になった大学生・みかげが、ふとしたきっかけで田辺家の台所に辿り着く。同居人の雄一と、その"母"であるえり子さん。一九八〇年代末に登場したとき、この短編は日本文学の風景をひとつ静かに変えた。吉本ばななが描いたのは、大切な人を失ったあとに、それでも続いてしまう日常の手触りだった。
『ノルウェイの森』のワタナベが、直子を失ったあと東京の街をあてもなく歩いたように、みかげもまた、喪失を抱えたまま誰かの台所に立ち、冷蔵庫の音を聞く。派手な慰めはない。ただ、白い磁器のコップや、窓から差す光が、主人公の代わりに少しずつ呼吸をしてくれる。悲しみから回復することではなく、悲しみと一緒に生活し直すこと。それを柔らかい文体で教えてくれる一冊だ。併録「ムーンライト・シャドウ」も必読。
おすすめの読み方:できれば家で、自分の台所が見える場所で読むといい。読後に温かい飲み物を一杯淹れるところまでが、この小説の読書体験だ。
2. 『きらきらひかる』江國香織 — 青春の続きをどう生きるか、という問い
書籍データが見つかりませんでした (ISBN: 9784101339115)。
アルコール依存を抱える笑子と、同性の恋人がいる睦月。二人は互いの事情を了解したうえで結婚する。江國香織のこの小説は、「普通の恋愛」を卒業した人たちの青春の続編として読むことができる。大学生活は終わった。恋人と過ごした夏も終わった。では、その後をどう生きるのか。
『ノルウェイの森』のワタナベと緑の関係が、最後まで「恋愛」と名指しにくい揺らぎの中にあったように、笑子と睦月の関係も、既成の言葉では縁取れない。しかし二人は、言葉がないことを嘆くかわりに、笑うこと、喧嘩すること、相手の欠けを受け入れることで、日々を編んでいく。"正しい恋愛"の外側で、それでも誰かと生きていくという選択肢を、これほど軽やかに描いた小説は少ない。文庫本226ページ、短いのに残るタイプの一冊。
おすすめの読み方:章が細かく区切られているので、夜寝る前に数章ずつ読むのがいい。笑子の章と睦月の章で声の色がどう違うかを聴き分けると、この小説の細工が見えてくる。
3. 『蛍川・泥の河』宮本輝 — 少年期そのものが、もう戻ってこない
書籍データが見つかりませんでした (ISBN: 9784101307091)。
戦後まもない大阪、土佐堀川のほとりで暮らす少年・信雄と、対岸の廓舟に住む姉弟との短い交友を描く「泥の河」。北陸富山の春から夏、父の死と友の事故を経て、蛍の大群に出会う少年を描く芥川賞受賞作「蛍川」。宮本輝のこの二編は、「少年期が終わる瞬間」そのものを言語で保存した作品だ。
『ノルウェイの森』が二十歳の喪失を描いたなら、この二編は、もう少し手前の、十二、三歳の喪失を描いている。友達との別れ、親の弱さを見てしまう瞬間、自分が子どもではなくなっていく予感。ワタナベが直子を失って見失ったのが「青春の輪郭」だとすれば、信雄たちが失うのは「世界を信じきる力」だ。喪失は二十歳で始まるのではなく、もっと前から準備されているということを、この短編は教えてくれる。太宰治賞と芥川賞を受けた、文学史的にも外せない二作。
おすすめの読み方:短いので一日で読める。読後、自分が十二歳のころに失ったものを一つだけ思い出してみる。その分量の喪失が、この小説には書かれている。
4. 『博士の愛した数式』小川洋子 — 80分で消える記憶の中の、静かな青春
書籍データが見つかりませんでした (ISBN: 9784101215235)。
交通事故の後遺症で、記憶が80分しか持続しない元数学者の「博士」。彼の家に通う家政婦の「私」と、その息子「ルート」。数式と阪神タイガースを介して、三人のあいだに静かな親密さが立ち上がっていく。小川洋子のこの小説は、"青春"という言葉を使わずに青春の輝きを描くことに成功した稀な一冊だ。
『ノルウェイの森』の直子が、過去の記憶の重みに耐えきれなかったのに対し、博士は毎日記憶を失いながら、それでも数字の美しさを発見し続ける。そこにあるのは、喪失を抱えたまま、それでも日々を更新していく人間の姿だ。ワタナベが二十歳で直面した「人は死ぬし、関係は終わる」という事実を、博士は80分ごとに更新しながら生きている。終わりを知っている者同士の、静かで対等な時間が、この小説には流れている。本屋大賞受賞、新潮文庫で累計数百万部の現代の古典。
おすすめの読み方:数式の章で、急いで先に進まないこと。博士が「美しい」と言う数字の前で、30秒だけ立ち止まる読書を。
5. 『ぼくは勉強ができない』山田詠美 — 青春のざらつきを、笑って手放す
書籍データが見つかりませんでした (ISBN: 9784167903619)。
主人公・時田秀美は高校生。勉強は好きじゃないが、年上の恋人がいて、片親の家で育っていて、自分なりの倫理を持っている。山田詠美のこの連作短編集は、「青春まっただ中」の景色を、終わったあとから懐かしむための書物として機能する。
『ノルウェイの森』のワタナベが、大人になってから一九六九年を振り返るのと同じ構図で、読者はこの小説を「自分が通過してしまった青春」として読むことになる。秀美の恋愛観、家族観、勉強観はどれも完成していて、だからこそ美しい。大人がとうに諦めてしまった"ざらついたままの正しさ"を、秀美はまだ持っている。そしてこちらは、もう持っていない。その差分が、ページをめくるたびに静かに疼く。併録「眠れる分度器」でさらに若い秀美に出会える構成も見事。
おすすめの読み方:一気に読まず、一話ずつ、電車の中や昼休みに読むのがいい。秀美の声が、日常に一粒ずつ混ざってくる感じで読めるとベストだ。
結び — Yomui で次の一冊を探す
『ノルウェイの森』が残していく喪失感は、たぶん一生かけて少しずつ薄れていく種類のものだ。ここで紹介した5冊は、それぞれ違う角度から、その喪失と並んで歩いてくれる仲間たちだ。気になった本があれば、まずは書店でも図書館でも手に取ってほしい。そして、"次の一冊"に迷ったときは Yomui のスワイプを。あなたの読書 DNA に合わせて、1 画面 1 冊、静かに候補が届きます。→ /swipe